2017年07月

事務局Tです。

 

昨年10月急逝した、ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダの遺作「残像」を見ました(2016年 ポーランド 1h39  カラー 岩波ホール)。

 

物語は、実在の画家(ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ)の晩年にあたる1949年から1952年の4年間を描いています。

 

画家は、第一次大戦で右足、左手を失いましたが、第2次大戦前は、ポーランドの都市にあるウッチ造形大学で教授となり「視覚理論」-残像は、ものを見た後網膜に残る色であり、「見る」という自由の概念が存在するという造形理論のもとポーランドの前衛美術の担い手として活躍し、学生達の信望も厚く制作に励んでいました。

 

第2次大戦が終結し、ポーランドはソ連の支配下に置かれ、スターリン主義の原則のもと国家の政策と異なるもの全てが禁じられ、従わないものは排除され、破滅に追い込まれる時代に変貌していきます。

 

画家は、作品に政治を持ち込むことを拒み、独自の芸術を追究しますが、そのことで迫害され、美術館に展示されていた作品は破棄され、学生達と開催の準備をしていた展覧会は、跡形もないほど壊滅される徹底的な圧力に曝されます。

 

画家は、大学を追われ、画家としての身分証も奪われ、食料配給権さえも支給されず、漸くありついたアルバイトで得たお金で画材や食料を買おうとしても、身分証や食料券を提示しない者には売ってもらえず、貧困と結核におかされ、最後は、片足、片手の身にマネキンを運ぶ重労働中に倒れ、ショウウインドウの中に並ぶマネキンに埋もれて死んでいきます。

 

ただ、監督は、画家をヒロイックな芸術家として描いているのではなく、彼の負の部分にも目をむけています。彫刻家の妻との離婚、その死も知らされず、一人娘を引き取りますが、家の中は、学生達が頻繁に訪れ占拠し、課外授業のような場に自分の居場所を見つけられない娘は、寄宿舎に戻って行きます。

 

娘の履く雪水の浸みる靴に気づきながら新しい靴を買ってやれない悲しみを悟られないようにする父。父親に愛憎を抱く娘ですが、父親と会うときは、友達に靴を借り、寄宿舎で支給してくれたから心配しないでも大丈夫と気遣う。親子の切ない愛情さえひきさいていきます。

 

映画の最後は、父の死にも立ち会えなかった娘が、うつむきながら雪道を寄宿舎へと立ち去る後ろ姿を追い続けます。この過酷な社会で少女の背負うものの重さを思うと、果たして大人になるまで生きていくことができるのだろうかという思いに胸がしめつけられます。

 

ワイダ監督の最後の作品となったこの映画は、共謀罪が施行され、じわじわと絡め取られるような閉塞感のなかにいる私たちに、あらためて「自由」の意味をなげかけている思いがしました。

 

 

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